愛知県西部、稲沢市に佇むビニールハウスの直売所。ひっそりと「ひとりマルシェ」が開催されている。そこには、「丹下の茄子」の丹下孝則さんが作ったナスをはじめとする季節の多種多様な野菜が、お昼の一時間だけ並ぶ。
一方、愛西市では、「石原農園」の石原雅大さんがトマトを栽培し、週末になると、倉庫にはカラフルなミニトマトで彩られ『Marche’ de la Tomao』(通称:でらトマト)が行われる。さらに、地域の3軒の農家仲間と『BARN SESSION』を組み、イベント等を企画・開催、人々が行き交う場を創っている。
愛知県西部の野菜直売農家の二人。そのくくられし枠の中だと同じように見えるかもしれない。しかし、実は対照的。どのような野菜をどのように売るのか。それぞれの人生が垣間見える。触れてきた音楽や映画、雑談から糸を手繰り寄せ、紐解く先には…。
雑談場所:ALASKA COFFEE(愛知県稲沢市)
“石原くんは、その当時 「うわー」って、泳いで発散していたかもしれない。“
―お二人はいつ頃からお知り合いだったんですか。
石原雅大(以下 石原) 24、5?
丹下孝則(以下 丹下) 4H(註:農業青年クラブ、通称4Hクラブは、20~30代前半の若い農業者が中心となって組織され、農業経営上の身近な課題の解決方法やより良い技術を検討するためのプロジェクト活動などを行う。お二人とも代表を務めた経験あり)の全国大会の前かな。石原くんは入ったばっかりだったんだけれど、積極的に来てくれたのでそれで繋がって。
石原 いや、本当に入ったばっかりで運営会議に出ていたから、丹下さんに認知もされていないと思う。大会が終わってからですかね?
丹下 大会の前には知ってたんだけれど、最初は顔と名前とがつながらなかった。稲沢の友達の家からはだか祭り(註:国府宮のはだか祭。毎年旧暦正月13日に42歳と25歳の厄年の男を中心に、尾張一円から、サラシのふんどしと白足袋をつけただけの数千の裸男が集まる)に出ようって。4Hの役員が10人、20人、当時の4Hのまとめ役だった子の家に集まってはだか祭りに出たんだよ。その時に、石原くんの背中に羽根だったかな?が描いてあって。バタフライ(水泳)やってるからって。
石原 あはははは、やった、やった。
丹下 「そういう子がいるんだ」って思った。それが第一印象。
石原 当時、丹下さんたちは思いを言語化するの上手だった。僕は熱量はあるけれど言語化できなかった。「すげえ人いるな」って。エリアの代表が井桁さん(愛知県愛西市 井桁農園)ともう一人。おもしろそうだしやろうかなって。
丹下 石原くんは、その当時「うわー」って、泳いで発散していたかもしれない。
“とりあえずやろう、やらないことにはずっと妄想だから。“
―直売はどんなきっかけで始められていたんですか。
丹下 かみさんと結婚する前に「マルシェやりたいんだよね」って言っていたら、結婚したらすぐ「いつやるの?」って言われて。「やべえ」って思って、そこから3日後に始めた。とりあえずやろう、やらないことにはずっと妄想だから。継続できない状態にならなかったからずっと続いているだけ。そんなにリスクないからね。やり始めるのに年齢は関係ない。言い訳した瞬間に負け。
石原 僕は、結婚も「でらトマト」を始めたのも丹下さんの3年後。3年後に自分のやりたいことをやればいいかと思っていたから、丹下さんのやり方を見て、「じゃあ自分はこうしようかな」って思ってた。3年後っていう基準だけ決めて。
―丹下さんは「ひとりマルシェ」を、基本的にはお一人でやられていますね。石原さんは「でらトマト」もゲストを迎えていたり、「BARN SESSION」など基本的に仲間とやることが多いですよね。その違いはどこからきているのでしょうか。
丹下 基本、連れションとか苦手。最初から旗を振って引っ張るタイプではないから、大勢いると総意を見ちゃう。
石原 うん、うん。
丹下 で、総意は出せるんだけれど、僕がこれをやりたいかってなるとモヤモヤもする。20代の頃、遊びたいんだけれど毎日畑で…。夜な夜なお酒の出るお店に遊びに行ってたんだけれど、横に座る人たち、大人がみんなすごいキャラが立っていたんです。めちゃくちゃ面白い。「ああ、いいな。こういう大人になりたいな」って。大勢集まった時でも、一人でも関係ない、ひとりひとりキャラが立つのが大事なんだって思って。一人でなんかできれば、二人でも十人でもやれるじゃんって思ったから、まずは一人でやんないとって。あと、周りに同世代がいなかった。
石原 丹下さんが「ひとりマルシェ」を始めたとき、丹下さんのマインドについてこれる人はほぼいなかった。僕もわかんなかったです、正直。
丹下 うちの規模が中途半端だからよかった。大規模だったら設備投資して規模拡大していかないといけない。うちはのらりくらりと迷う余白があった。家族経営で忙しい、でも、超効率を求めているわけではない。忙しいだか、暇なんだかってどうにでもなるバッファーの部分があった。ちょっとだけ無理すれば今までのペースの仕事プラスほかのことができるかもって。雇用をしていたり、シビアな経営をしていたりしたらできなかった。だから、マルシェの始め方もゆるい。
―計画的というわけではなかったんですね。
丹下 ノープラン。ひとりマルシェを始めたときは、農家というより外には発信したいけれど、武器もないし、ただモヤモヤしている20代の人。0を1にする、1を100にするなどそれぞれ得意があるなかで、作って売るという僕の中での新規事業、0を1ができたことは、のちのち自分にとってよかったなって。自分で立ち上げられた自信というよりも、ちょっといい武器を小脇に抱えた感じ。ほとんどの人がそこがフックになっている。こんなに重宝されるネタなんだって。
“一人だとできないけれど、周りに人がいたら「僕、全部やるよ」って。“
―石原さんはどうですか。
石原 「何か楽しいことがしたい!」とはずっと思っていたけれど、自分で一人で「これをやりたい!」とかは一切なかった。部活みたいな組織の中で立ち位置を見つけるのが好きだったから、「そこの場所で何かできるんだろうな」という感覚はずっとあって。イベントも一人だとできないけれど、周りに人がいたら「僕、全部やるよ」って。
―部活ではどんなことがあったんですか。
石原 水泳部だったんだけれど、泳ぐのが速いやつはいっぱいおるもんで、目立てない。でも、クソ真面目だから、キャプテンとかそういう仕事を仰せつかったことがある。目立てないけれど、キャプテンだったら、ちょっと、みんなから見てもらえるじゃないですか。小中高大キャプテンや副キャプテンで、こういう役割を部活の中で教えてもらった。
丹下 何を?
石原 「ここでこういうことをすれば、このコミュニティの中でここに立てるんだ」って感覚。農業に入ってからも、いわゆる昔からの引っ張るタイプのキャプテン、リーダーにはなれないからずっとモヤモヤしてて。上に立ちたいって意味じゃないんだけれど、そこの立てるチャンスがあるんだったら行ってみたいっていうのがずっとあって。結局、4Hの全国の会長まで。
“重ーく暗ーく澱んでるんだけど、その瞬間だけ祭り。”
―お二人とも音楽が好きな印象ですが、聴き始めたきっかけは何かありますか。
石原 中学校の同級生の友達は、アメリカのハードロックが好き。その子のお兄さんがヨーロッパ系のハードロックやメタルが好き。「お前の聴く音楽もいいけれど、俺はお前の兄ちゃんの音楽が気になるわ」って言って。最初に薦められたのがハロウィンなんですよ。ちょうどボーカルが95年に代わって、「昔ながらのハロウィンっぽいのになるよ」って雑誌でも知った。最初は「まあ、いいね」と思ってたけれど、4、5日たったら「すげーいいな」と思って、ヨーロッパのメタルにハマって聴くようになった。多分インストールしたんですよね。それでベースを作っちゃったから、「あ、これがかっこいいんだ」って思って。もうそっからずーーーっと。
―かっこいいは音だけですか?人間性とか?
石原 人間性はわからない。音だけかな。
丹下 僕は、小学生の時に、長渕剛やみなみこうせつが好きな教室でアコギを弾く変わった先生がいて、その先生からカセットテープ借りてダビングして聴いてた。だから、最初は、歌詞とメロディーなのかな。
石原 一番最初にかったCDは?
丹下 南野陽子の『吐息でネット』。5年生くらい。
石原 僕は徳永英明。
―石原さんのメタルはヨーロッパ限定なんでしたっけ。
石原 そう!ヨーロッパのメタルには、ちゃんとメロディーがある。様式美の。僕は、尊厳を持つ奴じゃないとダメ。ドイツ系だったり、イギリスだったらアイアン・メイデン、ジューダス・プリーストが好き。アメリカの方はあまり好きじゃないんですよ。LAメタルもいい曲だけれど、ギターの様式がない。ヨーロッパはクラシックの影響を受けていて、その素養がある人がやっているので、奇抜というより、同じことをずっと繰り返していくけれど、それが気持ち良い。
丹下 僕は下手でも音を聴いて、「あー!そうそう、この人こういう音だよね」ってのに惹かれる。
石原 音ですか?曲全体でも?
丹下 ライブでも、その人がいるのといないのでは違う。いると気づかれない、でも、いないと、「あ、いないな」と気づくくらいの地味な人を見ちゃう。
石原 あー
丹下 エミール・クストリッツァの『アンダーグラウンド』という映画のシーンが超いいんだよね。結婚式で参列者が管楽器を持って、外でパーティをするシーンがあるんだけど、連なって歩きながら踊りながら「テレッテテレレテレッテテレレ」、チューバが「ボンッボンッ」。紛争とか戦争の話で重ーくくらーく澱んでるんだけれど、その瞬間だけ祭り。祭りっていうか沸々としたものを出し切る瞬間があって、その時のラッパのシーンがいい。
石原 それ、トータルで見た時のラッパのバランスがいいのか、目立っていていいのか。
丹下 それだけじゃなくて、まあ、バランスだよね。
石原 僕、完全に全体主義なんですよ。一斉にバンっていかないとダメなんですよ。だから5人のバンドじゃなくちゃダメで、しかも、ツインギターかギターキーボードか。
丹下 すごいね、クラシック。
石原 おしゃれな音楽が聴けない。レッチリ(レットホットチリペッパーズ)ぎりぎりかな。
丹下 僕、なんのこだわりもないんだよね。すごい雑食で。「こういうスタイルが好き!」がない。駆け抜けるのも好きだけど、やっぱ溜めがあるのが。後半のサビのために我慢するのも好き。「グルーヴがきた!」ってなったら聴くし。
石原 僕は必ずスピードがないとダメなんですよ。
丹下 あー
石原 めちゃくちゃ速くなくてもいいけれど、スピード感ですね。全員で同じ方向に走っている感がないと無理ですね。
“「僕の好きな音楽、これです」って他の人に伝えることは全くしないんです。“
―どんなきっかけで音楽を発見するのでしょうか。
丹下 自分で掘っていないから、友達に教えてもらう。友達に教えてもらったものはまずちゃんと聴く。
石原 へー、それができないんだよな。一応聞くけれど、やっぱこのレンジに入っていないと聞けないですよ。でも興味なくても相槌は打てますよ、「へえー」って。
丹下 閉ざしちゃう。
石原 そう、だからこの範囲に来る人はめちゃくちゃ歓迎するけど、それ以外の人はもうなんか。得意なところの言語化はできるけど、それ以外の言語化が本当に下手だもんで、いいと思ってもやっぱ伝えられない。だから「僕の好きな音楽、これです」って他の人に伝えることは全くしないんです。
丹下 そっかー。こういう話のときに図ったかのように隣に幼馴染の友人、井上くんがいる(ALASKA COFFEEのオーナー)。中学校の時にもう一人の友達と「ビートルズがいいよ」とか、「R.E.M.ってなんか難しそうだな」って。高校の時に井上くんにばったり会ったときに、ジャニス(ジャニス・ジョプリン)の『Pearl』を貸してもらったんですよ。それが衝撃でした。そこから「ああいうアルバムほかにないの?」「いや、あれはあれだよ」って。誰に何を借りても知らないものばかりだから、もう全部聴くみたいな。
あとは、中学生のとき好きだった子がドリカムを聴いてたから聴いたり。ドリカムからアース・ウィンド・アンド・ファイアーいって、そこから高校大学の時にブラッド・スウェット・アンド・ティアーズがあんだぜみたいな。すごい系統だってないんだよ、いろんな方向からつながった。
“「なんか違うな」のなんかは、なんかのままでいい。それはお客さん、食べる人それぞれの「なんか」だから。”
―作られている野菜や直売所は、そういった趣味に影響を受けているんですか。無理やりの質問です。
石原 音楽に無理やりつなげると、音楽はマイナーじゃないと聴けない。でも、トマトに関しては切り分けてる。トマトはポップで、僕のポップな部分だけを置いておくことはできる。勢いの部分とか。だからそこは完全に切り分けてる感じかな。
丹下 ひとりマルシェはやっぱり、スタイルとして曽我部さん(曽我部恵一)。サニーデイ・サービスが好きで。そのとき、一旦バンドを解散して、インディーズレーベルを作ったの。そのファーストアルバムのタイトルが「曽我部恵一」っていうタイトルで、当時「まじか!」って。「こんなに自分を出していいんだ」みたいな。
曽我部さんの音楽も歌詞もメロディーも好きだけれど、「年に何枚アルバム出すの?」というくらい、コンスタントに出しているのが信用できる。苦でもないし、出来たから出す。野菜と同じノリ。「完成度あげて作品にしないと」というより、もうドキュメンタリー!たとえ間違ってたとしても「次どうなる?」そのノリ、とりあえずやることは大事。新規事業数打ちゃ当たる。
石原 僕はもう少しびびってる。
丹下 野菜に関しては、「僕はこういうつもりで作ってます」ってよく農家コメントであるんですよ。「こういう思いを込めて」みたいな。知ったこっちゃないみたいな。マルシェも人とのコミュニケーションも好きだけれど、でもその心を全部言われたらお客さんも面倒くさいから二度と来たくないだろうし、僕もその都度思うことも変わるから、全部伝えるつもりなんてない。伝わらない人もいると思うけれど、並んでいる野菜はそんな難しい野菜はない。焼いて、切って、生でもいけるし、焼いてそのままおかずにもなるし。簡単な調理でもいけるんだけれど、お客さんに「なんか違うな」って思ってもらえるものを作っているつもりはある。
―何が違うのでしょうか。
丹下 「なんか違うな」のなんかは、なんかのままでいい。それはお客さん、食べる人それぞれの「なんか」だから。だけど違和感を持ってもらえる場だったり。違和感って良くも悪くもどっちでもあるんだけれど、「いつもと違うな」とか。思い出したら、また買いに来れるためにマルシェをやっていて。音楽でも、ポップなスピッツとかaikoとかも、ただただハッピーじゃないじゃん、渦巻いている、闇。でも本人は言わないじゃん。流すこともできるし。ヒットチャート1位ばかりじゃないけど、「またあれ聴きたい」って。
―引っかかる人は引っかかる?
丹下 うーん、その言い方はまた違う。うーんとね、「知っているだけ知ってればいいんだよ」もなんか卑屈な気がするんだよね。正直、相手のことは考えてなくて、「僕はここでこれをやってます」っていうだけ。そこに相手がいろんなタイミングで来てくれれば。いろんな熱量の人がいる。僕そんな熱い気持ちで作ってないんだけど、でも、お客さんの熱い気持ちは嬉しいじゃん。そんなに喜んでもらえたんだって素直に嬉しい。その人が気になっていることがうちの野菜で解消されたと聞くと、「ああ、よかったね」って。
石原 「これを作らなきゃ」っていう衝動はないんですか。「これ作りたい!」とか。
丹下 あるけれど、それは黙って作って、「失敗したな」って黙ってやめることも。
石原 僕は2000年前後の青春パンクの雰囲気はある。品種選びのときにもう衝動。他の人と比べて能力がないって自分で思っちゃうから、衝動がないとダメなんですよ。「この品種よりうまい品種を探そう」も衝動でしかない。作ったあとで「どう売ろうかな」と考える。突き詰めると自分のやりたい品種しかやっていない。
“トマトは別枠として僕のポップの部分だけ抽出してるから。“
―また、無理やり音楽の話に寄せますけど、バンドが東京出る出ない問題。例えば東京とかに売ろうとか宅配しようみたいなことを思ったことはあるんですか。
石原 ないです。東京に好きな人がいたら送るけれれど、東京で売ろうとは一切思わない。
丹下 そうですね。お店で売ってもらうは、売る人や状態で左右されるから、基本的にはない。宅配や飲食店は個人的にはあるけれど。
石原 相手との関係性がなければ、たくさんの金額が上がるいい注文があったとしても送らない。
―地産地消を思っているわけでも…。
丹下・石原 まったく思ってない!
―わかっていましたけれど(笑)。
丹下 地産地消って無理だもん。ここはできるけど。国別か、地球で作って地球で食べりゃいいじゃんくらい。
石原 その概念をなんか押し付けられてもねーって。なにが地産でなにが地消なんですかって概念も共有してないし。
丹下 言葉ってどんどんできるじゃない。だから「食育」って言葉は使わないし、使いたくない。「フードマイレージ」だってなんだってできちゃうじゃん。「うち、短けーぞ」って思うけど。どっかで再現性があるなら伝えればいいけれど、それぞれ状況が違うんだから言ったところでただの自慢話。
石原 求めてくる人もいるじゃないですか。あれの意味がわからない。なぜこっちに求める。
丹下 そういう人にさっきの合わせる相槌しないの?(笑)
石原 そこはしない。
丹下 僕そういう人一切来ない。
―何が違うんですか。
丹下 「来れるもんなら来てみろ」と思ってるからじゃない?
石原 うん、その雰囲気はあります(笑)。
丹下 なんだろう。言われたら負けだな、隙があるんだなと思う。
石原 トマトは別枠として僕のポップの部分だけ抽出してるから。そこのポップな部分だけを見て来る人がいるのかも。ただ、僕はそれだけの人間じゃない。あくまでも抽出してるだけだもんで、そこからちょっとでも来ようもんならぶっこんじゃう。
“電気グルーヴの「どんぶり勘定されちゃダメダメ、とんでもないの断れ」って歌詞が仕事始めてから無茶苦茶響いて。“
―農業特有なのかもしれないですね。
丹下 そうそう、「農家は聖人しかいない、間違ったことはしないからこの要求には応えるしかないだろう」って。わかんないけれど。あとは、これまでコミュニケーションの場数を踏んでいない人も多かったから。「一回限りだし、困っているからちょっと付き合ったろうか」って気のいい人たちが今まで応えてきたんだよ。本人は別にいいんだけれど、後々まで「農家はそういうふうだ」って誤解する人がずっと居続ける。
電気グルーヴの昔のアルバムに入っている『カメライフ』っていう曲で「どんぶり勘定されちゃダメダメ、とんでもないの断れ」って歌詞があるんだけれど、仕事始めてから無茶苦茶響いて。「なんか舐められてる」って思った時があって。だから、こっちが困ることを言われるのは、「あいつならやるだろう」って括りをされちゃってる。そこで「いやいや」って言わないと永遠に来るなって。ちょっと突き返す、「いやいや、ごめんなさいね」って。
石原 丹下さんはいなし方が上手ですよね。
丹下 こういうところではネタとしてぽんっといいきるけれど、面と向かっては相手が横の石を蹴っ飛ばして腹立てて帰るようなことは基本的にはしたくない。人とは喧嘩したくないから。
石原 僕、そこができないんですよね。
丹下 さっきの「へえー」は?
石原 「へえー」って言っていて、そういうのぶっ込まれた瞬間、「無理です」って言っちゃうんで。気悪くして帰っちゃったなって思っちゃうんですよね。でもさっき話したように衝動だから、その僕がいいと思っているうちはいいけれど、スイッチが入った瞬間、「そういうのじゃないです!」みたいになっちゃうのをもう毎日反省していますね。
“「普通のナスと交換してください」って返すのはたぶん普通ではない。“
丹下 農家の性善説的なのが気持ち悪くて。「普通なんですけど」って。かみさんもすごいフラットだから、「これってどうやって食べるとおいしんですか?」って聞かれると、引き出し全部開けた後は「もうわかんないんですって。ちょっとあっちのお客さんに聞いてみます」って言う。
石原 あはははは。
丹下 このノリはすごい大事だと思う。「このナスはどうやって食べたら美味しいですか?」って聞かれたら、「いつも食べている同じナスと交換して使って」って。それでなんか違うなって思ってもらえれば。水分がしっかり含まれるとか、歯ごたえだとかかもしれないし。
石原 その答えはどうやって出てくるんですか。普通って言ったらあれですけど、そう聞かれたら、こっちもピンポイントで答えようと思う。そこで「交換してください」って言える丹下さんのセンスはあえてなのか、自然なのか。
丹下 いやだって、正直になればいい。「答えないと!」って、一生懸命勉強する人もいて、それですごく引き出し増やす人もいるし。でも、僕は面倒…。
石原 面倒くさいですね。
丹下 役割が違うなって。お客さんのInstagramのストーリーで、めちゃくちゃうまそうな料理がいっぱい載っていて。じゃあ、僕はまずここにちゃんとした野菜を並べるところまでをやろう。
石原 それを「普通のナスと交換してください」って返すのはたぶん普通ではない。意識的なのか無意識なのかわかんないけれど、自分を表現するためにそういう言い方をしてるんですか。
丹下 普通な自分に自信はある。なんの箔もついてない47、8歳の自営業者っていうだけの強度はあるから。だから媚び諂うこともなく人としゃべってるだけじゃん。向こうに立派なことを求められても答えられない。
“僕が話すことは基本蛇足なの。野菜が全部でいいから、食べる人にとっては。“
―それは昔からですか。
丹下 うん、変わんないし、周りにすげーおもしろい人がいっぱいいたの。でも1から10までその人の真似はできなくて。そのとき記憶力がよくて、断片的にいろんな人の面白いフレーズとかは溜まっていってですね。
井上(ALASKA COFFEE オーナー) コミュニケーションって質問しただけでは起きなくて、相手がどう受け取ったかではじめてコミュニケーションが起こる。丹下くんはそういう感じだよね。野菜を投げているだけで、相手が受け取って生まれるものがコミュニケーション。相手が丹下くんの野菜を受け取って、何か作ってまた返ってくると、また丹下くんのなかでコミュニケーションが生まれる。
丹下 僕が話すことは基本蛇足なの。野菜が全部でいいから、食べる人にとっては。正直誰が作ろうが関係ないんだよ。ストーリーとしてほしがられるだけで。だって、黙ってどっかの厨房に持ってってさ、そこで調理したら料理した人のものになる。食材をどこで仕入れようが、なんとか農法だろうが関係なくって。だから直売所で求められるのは、「今年は天候が」とか、「肥料が高騰して」とか、誰も求めてない。それは農家が言いたいばっかですね。じゃなくって、相手が「このナス、どうしたらいいの?」って困っていたら、「何も困る必要ないですよ。スーパーで売ってるのと、ここで買えるのは同じナスだから、同じように使ってもらって、違ったら、違うよね」みたいな。
井上 冷たいね。
丹下 冷たいかな。かみさんとよくいうのは、なんでそんなに農家に調理法を求めるのか。これは大問題だ(笑)。
石原 あははは。品目があるからこそかもしれませんね。うちはトマトだけだもんで、一部をのぞいてそのまま食べることしか求めてない。だから料理のことは聞かれない。たくさんあると「これで何作ろうか」という概念が生まれるのかもしれない。
丹下 そうだよね。料理の食材だから。基本マルシェに買いにくるが人料理をする人だから。僕なんて料理はアマチュアもいいとこだから。
石原 うちは料理ごりごりする人というより単純にトマトが好きな人。
―じゃあ、お客さんは全然かぶってないんですか。
丹下 これは事実なんだけれど、うちのお客さんは石原くんのところに流れることがある。石原くんのところのお客さんはまず定着しない。
うちのお客さんで石原くんのところに行く人は、野菜を料理の食材として買っている人。料理を作ること、食べることが好きな人。ナスなんて甘くもないし、そのまま食べにくいから。お客さんの中には料理が好きじゃないけれど、頑張るって人もいる。でも、どんな人も応援したいの。
石原 でも、丹下さんのマインドに合わないだろうお客さんは流れないようにしています。
丹下 僕、すごい気難しい先輩じゃん(笑)。
井上 丹下くん、やっぱり怖いんだね。
石原 いや、丹下さんのことがわかっているからこそ、後輩、後輩。
丹下 すごいよね。僕は露骨に嫌な顔するから。石原くんは懐が深いね。
石原 さっきも言いましたけれど、僕は好意を持っている人に対してはちゃんとしゃべるけれど、好意を持ってない人に対しても相槌をするのが得意なんですよ。
丹下 違う冷たさだな。どっちが親切か。
―難しいところですね。
(Over The Mountain/OZZY OSBOURNE 流れる)
石原 めちゃくちゃ懐かしいですね。まだランディ(ランディ・ローズ)の時ですね。
丹下 めちゃくちゃ今、いい顔。石原くんさ、やっぱり好きなことの話をしているときの顔がすごくいいから、嫌な人としゃべってるときは露骨に出てると思うよ。
石原 ははは。
丹下 バレバレ。僕と変わんないくらい。
(NO2に続く)
丹下孝則(丹下の茄子)プロフィール
愛知県稲沢市生まれ育ち。 20歳の頃、陶芸家のお爺さんに「野菜も作品になるんだよ」と言われ、それなら僕にも出来る!と大きな勘違いから就農を決意。 1999年に農業をスタート。ナスを中心とした新鮮野菜を栽培。 2004年からモテたくて飲食店取扱を開始。畑の外で多くの人に会い、人が好きと再認識する。 2010年からはパラソル1つ分のスペースで直売「ひとりマルシェ」を開始。「インディーズ農家」として、地元の飲食店や近くの消費者に直接届ける「この町の農家」
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石原雅大 (石原農園)プロフィール
愛知県生まれ。三重大学生物資源学部園芸学研究室卒。1年の研修を経て2003年に親元就農。研修先の影響でミニトマトの栽培に着手。全量市場出荷から産直割合を80%まで増やす。 2010年、全国農業青年クラブ連絡協議会会長を歴任。退任後からトマト直売に着手。2014年、農園販売『Marche’ de la Tomao』(通称:でらトマト)開始。 産直事業を核にしながら、農園での販売やマルシェ出店をライフワークと位置づけ、近隣の3軒の農家ともに野菜直売集団『BARN SESSION』の活動開始。現在は地元愛知西部の同世代事業者をメンバーに加え、こだわりと楽しいを現出させる活動として展開中。
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